涼を贈る団扇

近頃、夏の風物詩である団扇(うちわ)が活躍するほどの気温となりました。
現代でこそ手軽な販促ノベルティのイメージが強いですが、歴史を遡ると、実は単に涼をとるためだけではない、「非常に格式高い贈答品」としての重要な役割を持っていました。

贈答品としての始まり 宮中・貴族の「配り物」

団扇が一般に普及する前の平安時代〜室町時代、団扇(当時の主流は絹を張った「団扇(だんせん)」や、漆・木を用いたもの)は貴族や僧侶などの特権階級のものでした。

宮中行事としての「団扇配り」
室町時代の宮中や幕府では、毎年5月5日の端午の節句から夏にかけて、仕立ての良い団扇を側近や家臣、知人に配る習慣がありました。これは、本格的な夏の到来を前に「健康に夏を乗り切ってほしい」という、上位の者からの今でいうお中元のような労いの品でした。

江戸時代 「涼」を贈るお中元の定番

江戸時代に入り、竹と和紙を使った和うちわが大量に作られるようになると、贈答の文化は庶民や商人の間にも一気に広がります。

お中元の原型としての「団扇と白扇」
お盆の時期、お世話になった人や得意先へ挨拶に赴く際、「団扇」や「白扇(はくせん)」を贈ることが江戸のビジネスや生活における必須のマナーでした。
「暑い夏をどうか涼しくお過ごしください」というメッセージを、道具そのものに託して贈るという、五感に訴える日本らしい美意識がここにありました。

名入れによる「アイデンティティの証明」
歌舞伎役者や相撲力士、吉原の芸者などは、自分の名前や紋(家紋やなじみのマーク)を入れたオリジナルの団扇を特注し、贔屓にしてくれる客や旦那衆に配りました。これを手にした客は、いわば「推しの公認ファン」であることを周囲にアピールできたため、もらう側にとっても非常に価値のあるステータスシンボルでした。

現代における贈答用団扇

現在でも、伝統工芸品としての団扇は、格式高い贈り物や引き出物、海外へのギフトとして重宝されています。特に京うちわ(京都)・房州うちわ(千葉)・丸亀うちわ(香川)は、日本三大うちわとして有名です。

現代においても、柿渋を塗って耐久性を高めた「渋うちわ」(防虫・魔除けの意味もある)や、手漉き、草木染めの和紙などの風合いを活かした「竹と和紙の伝統的な団扇」を贈ることに、特別な意味を込めることが出来ます。

インテリアとしての「涼」の演出
現代の贈答用団扇は、専用の「団扇立て(スタンド)」で、仰ぐだけでなく「夏のアートとして室内に飾る」というJapandi(ジャパンディ)的な空間演出のアイテムとしても大変喜ばれています。


来民渋うちわ(熊本) 栗川商店
「春夏冬二升五合」あきないますますはんじょう:商い益々繫盛